小型犬を育て始めたシニアの知人が、人生で最後の犬と言ったのが、胸にしみた。動物を飼っていない私は植物に置き換えてみる。 一昨年の冬育て始めたハナカイドウが「最後の木」となりそうだ。

　そもそもが老後を考えてのこと。 少し離れた公園にあるベニシダレを毎年訪ねているけれど、自転車をこぐなり電車とバスを乗り継ぐなりして行くのが、いずれは困難になる。 家に居ながら眺められればと、マンションの植栽管理に来る業者に相談。 桜は大きくなりすぎるので、代わりに小型のハナカイドウを提案されたのだった。

　植える位置はかなり迷った。今は日中のほとんどこもる仕事部屋の前にしたい。が、将来は居間で過ごすことが多くなろう。 そこからもめでられる場所に。植えてすぐは根を張る力が十分でないから、せっせと水をやるよう言われた。

　冬は葉がないので生きているのか死んでいるのかわからずに過ぎ、最初の春、一輪咲いたときは心底ほっとした。 桜と異なり花期は長くて、ひと月近くにわたる。同時期にハナカイドウを育て始めた知人からの写真に少しドッキリ。 先方は花つきが大変いい。ふっくらした花が密について、お団子をさした串のような枝が重たそう。 わが方の木は枝ぶりはいやしからぬも、幹はほっそり、花もまばらだ。栄養状態は大丈夫か。

　育て始めて二度目にあたる今年の春。寒の戻りがしばしばで、人間も体調を崩しがち。 植物はいかにと案じていたら、前日に比べて気温が20度ほど上がった日、仕事部屋の窓を開け「おおーっ」と思わず声が出た。 丸々とした花が多々、いっせいに開いたさまは、まるでピンクの玉すだれ。 この冬は最初の冬ほどまめまめしく世話をしなかったが、立派に成長していた。

　知人は犬を家に迎える際、平均寿命が15年と聞き、15年後の自分を思ったという。 夫婦ともに80歳。もしものときのため、ペット後見なるしくみに加入した。 ハナカイドウの寿命は聞かなかったが、この分では誰かが伐（き）ったり抜いたりしない限り、生き続けるだろう。私の後にここに住む誰かだ。

　顧みれば庭木のほとんどは、27年前に私がここに引っ越したとき、両親が祝いに植えた。 サザンカ、ヤマブキ、ドウダンツツジ。昭和の家によくあった、庭木としてなじみ深いものばかりだ。その両親はとうに世を去った。

　年々歳々花相似たり、歳歳年々人同じからず。中学だかで習った漢詩を思い出す。 十代では「なるほど」と思ったくらいの詩を、しみじみと反芻（はんすう）。昔の人はさすが、いいことを言う。 この先幾度も春を重ねるにつれ、ますます味わい深くなるに違いない。

　老いた身になったつもりで居間へ行く。日当たりのいい昼間、この椅子にこうして腰かけ……がくぜんとした。 ガラスが汚すぎ。おびただしいほこりが逆光ぎみの日差しに白く輝き、せっかくのハナカイドウがかすんでいる。窓拭きを全然していない。

　しみじみした思いにふけるのは早すぎる、すべきことがいろいろあると、エンジンをかけ直した。
　　（エッセイスト）